ここでは，「相手に負担をかけずに英語で込み入った話ができる人」を英語の上級者と定義します。往々にして，こちらの言いたいことは一見流暢な英語で言えても，相手の英語を正確に理解できない人がいますが，これでは落第です。立場を替えて，われわれが外人の日本語を聞く場合を考えると，負担がかかるか否かの意味が分かると思います。最近，並みの日本人より格調の高い日本語を話す外人がテレビなどで活躍していますが，彼らはまさに日本語の上級者でしょう。

　国際会議での日本人の発表を聞いていると，昔とは比較にならないほど進歩していますが，一応通じるようになると満足して「小成に甘んじる。」傾向があるように感じています。「言葉より内容が大切だ。」と言訳をする人もいますが，これは二者択一の問題ではなく，車の両輪です。内容が大切なことは当然で，それが的確に伝わらなければ無意味です。重要なものは「内容×言葉」の積ですから，言葉を軽視することはできません。もう少し高い目標を設定して，それなりの努力をすれば，英語の格調を高めて敬意を払われるとともに，もっと説得力を発揮できるはずだと，残念な思いをすることが少なくありません。著名な同時通訳者だった鳥飼玖美子さんは『本物の英語力』（講談社現代新書，2016年）の中で，「文法が間違っていると，単純に『教養がない』と思われてしまいます。メールで書いた英語が文法的な間違いだらけだと，『うーん，この人，教育程度が低そう』と誤解されてしまいます」と書いています。僭越ですが，英語の格調を高めるための提案をします。

英英辞典を活用する
　英語は非常に語彙の多い言語といわれますが，それだけに，ピッタリした言葉を選ぶことが難しいともいえます。日本語を英訳するのではなく，初めから英語として考えるためには英英辞典が有益です。米国の Merriam-Webster's Unabridged Dictionary は，47万語を含み，CD-ROM版は検索にも便利です。分野別では Longman Business English Dictionary, 2007（『ロングマンビジネス英語実用英英辞典』）には kanban（看板）, kaizen（改善）, keiretsu（系列）が出ています。ここでは，英語のネイティブ・スピーカー以外の人を対象として編集された現代語英英辞典のうちの二つを紹介しましょう。これらを含む電子辞書もあります。これらには，名詞の可算（countable）・不可算（uncountable）の別が[C]・[U]により，他動詞（transitive verb）・自動詞（intransitive verb）の別が[T]・[I]によって明示され，前置詞が，例えば [+ of] というふうに示されています。例えば，election という名詞は，行事としての選挙（presidential election）の場合は可算で，複数形をとることもありますが，当選すること（His election as governor）の場合は不可算です。ただし語彙は少ないので，大辞典と併用する必要があるかもしれません。

• Longman Dictionary of Contemporary English, Third Edition（『ロングマン現代英英辞典・第 3 版』，1995）には，物や動作のカラー・イラストが多数あります。よく使われる語については，数ページにわたる詳しい解説があります。例えば mind という語は，意味によって14に分類され，合計56の成句が示されていますが，動詞としての mind が使われる比率は，口語が文語の4.7倍と多くなっているようです。その他の主要な語についても，口語・文語の別だけでなく，いくつかの句動詞の使用頻度グラフが示されていますので，言葉を選ぶときの参考になります。USAGE NOTE（用法解説）という囲み記事には，high と tall の使い分け（a high shelf 対 a tall building）や，in front of と in the front of の違いなど，間違いやすい用法について解説されています。
• Oxford Advanced Learner's Dictionary of Current English, Fifth Edition（『オックスフォード現代英英辞典・第5版』，1995）には，Study page という文法の説明および英国とアメリカ合衆国の政治・司法システムの解説がわかりやすく書かれています。付録にある数の読み方，句読点の使い方，家族関係，よくあるファーストネーム，軍隊の階級なども便利です。

インターネットを活用する
　インターネットを百科辞典として利用したり，決まり文句を確認したり，新しい表現を学んだりすることができます。

• Wikipedia はすべてが正しいというわけではないようですが，ふつうの辞書に出ていない多くの言葉が説明されています。例えば英語の Wikipedia で karoshi（過労死）を調べると，death from overwork なる英訳のほかに詳しい説明があります。見方を変えれば，日本特有の事物で英訳に困る日本語は，読者に調べてもらうことを期待して，そのままローマ字で書いておけばよいのかもしれません。
• 前置詞や決まり文句の確認には，Google に引用符（" "）で挟んだフレーズを打ち込みます。「〇〇の研究」と言うときの「の」は of とは限らず，in になる場合があります。例えば，物としての化学物質の研究は research of chemicals ですが，分野としての化学の研究は research in chemistry となります。そこで "research of chemistry" を検索すると，かなりの数がありますが，よく見ると日本人が書いたと思われる日本の大学の記事であったり，research of chemistry faculty などと，chemistry を受ける語があったりします。一方，"research in chemistry" には42万ほどの検索数があり，まともな使われ方であることが確認できます。（もっと普通のフレーズは "chemical research"," chemistry research" で，一桁多い4百万ほどの検索数があります。）決まり文句の例に移ります。「早めに始める」の英訳として "get an early start" を検索すると，辞書のような信頼できるサイトに例文が見つかりますので，正しい英語であることが確認できます。
• 新しい表現として，例えばGPSを利用してバスの次の停留所を自動的に乗客に知らせる装置に関して gps bus stop announce というキーワードを入力すると，GPS bus stop auto-announce tracker／bus stop auto announce by GPS などが出てきますので，簡潔で分かりやすいフレーズを選ぶことができます。ちなみにロンドンでは，このような装置を装備したバスを iBus と呼ぶようです。

専門書以外の英語の本を読む
　新聞や雑誌で時事問題の記事を読んでおくことは，共通の話題を持つために有益でしょう。また，現代小説を読むと，英米人でも，相手によって使う言葉が大幅に違うことから，建前と本音を使い分けることが日本人に限らないことがわかります。今でも陰では日本人のことを Jap と言うこともわかります。TPOに応じた適切な言葉使いをするためには，技術書以外の幅広い教養が求められると思います。

卑猥語・蔑視語・滑稽語をうっかり使わないために知っておく
　これについては，英会話の失敗談の後半で書きましたので，参照してください。

理系人による実践的英語術